2023年4月19日のメールで書いた「イイ感じの活火山があったらやりたいこと」の元ネタになった原稿を掘り出しました。
普段よりも随分長いのですが、ここで供養させてください。
究極の成り上がり!!『オパール』になって眠りたい
卒業式。楽しいことも辛いこともいろいろあった学生生活に終止符を打つセレモニー。最後の日が見えて来ると、それまで時に気にとめてこなかった、ささやかな日々の出来事まででキラキラした光を纏う。絶え間なく流れる時間の中に、ほんの小さなピリオドを打っただけで。これが人生最後の卒業式、自分自身のお葬式だったら、どれほどの思いが胸に去来することでしょう?
『大切な人のご遺骨をダイヤモンドにして、いつも身につけていることができます』そんな広告に目を止めたのは21世紀になってすぐの頃。故人の故知や遺灰、遺品の中に炭素に着目し、その炭素を使って人工的にダイヤモンドを合成するというサービスです。なるほど、「この鉛筆の芯も、バーベキューの炭も、光輝くダイヤモンドも、炭素原子の集まりに過ぎない。」科学の授業を習ったときは、ちょっとした衝撃でした。その事実を逆手にとって、自分の気に入った炭素からダイヤを作るというのは興味深いですね。
しかし、ヒトは炭素のみで出来るにあらず。炭素は人体のおよそ2割に過ぎません。しかも、元素記号は『C』の1文字。蛋白質を形作る材料としての存在で、そこに私らしさを残せる余地は見当たりません。もっと私らしさを残した、私ならではの宝石になって、永遠美しく輝き続けることはできないものでしょうか?
虹色に輝く化石があるの
博物館で定番の展示といえば化石と鉱石。パワーストーンブームもあってか、原石と呼ばれる美しい鉱石標本の展示はどこも力が入っています。鉱物と並んで人気なのが化石。その中には七色に光り輝くものがあります。アンモライトという名前を知らなくても、虹色に輝く巻き貝の化石ならば、目にしたことがあるでしょう。大きいモノでは軽自動車のタイヤほどもあるアンモナイトの化石。その表面光が当たると、ジットリしたと深みのある虹色を見せてくれます。恐竜たちが大地を闊歩していた時代、人類はまだ気配すら無かった大昔の巻き貝のが、通常に化石になる以上の幸運な偶然に恵まれて宝石に転化したものです。
サイズ的な存在感ではアンモライトに劣りますが、圧倒的な輝きで人類を虜にする宝石、それがオパールです。光り方の原理の他、共通点がいくつもあるため、アンモライトと並べて展示されることも少なくありません。和名は蛋白石といいます。蛋白質と同じ漢字を書くのです。なんだか、期待が高まりますね。蛋白石という名前、なんだか腎臓や膀胱に溜まる痛いヤツのような字面ですが、その分人体にも関係が深そうです。
蛋白質の化石!?
ここで重要なお知らせ。和名では『蛋白』という漢字が当てられていますが、これは見た目の様子を表すもの。残念ながら私の身体を構成する蛋白質が宝石に転化したという代物ではございません。蛋白とは卵の白身の見た目を表す言葉。白っぽい半透明でドロリとした感じ…を示しています。確かに、オパールには独特の透明な不透明感と、モッタリと柔らかそうな『まろみ』がありますね。自分を材料に宝石を作るのは無理なのか…。諦めなくても大丈夫。宝石そのものの材料は無理でも、宝石を形作る土台にならなる方法があります。先ほども話題にしたアンモライトがヒントです。
アンモライトは貝殻の表面に透明度の高い鉱石成分が層をなすことで作られますが、このときに作られる宝石(的なもの)の膜は、偶然にもオパールを彩る虹色と同じ原理で発色します。あの魅惑的な虹色は遊色効果(イリデッセンス)と呼ばれます。その原理は、光の屈折によって色が付いているように見える構造色で、最近は自動車などの塗装に応用されたりもしています。元々はモルフォチョウという輝くような美しい青い羽根を持つ蝶の研究から発見された発色の仕組みです。ナノレベルで工業製品を生産する技術が細かい粒子の品質までもコントロールを可能にし、反射する光の波長すら自在に操っているのです。
オパールになるには
オパール的な化石になるには、二つの道があります。骨のアパタイト(虫歯予防のCMで有名になりましたね)が珪酸の成分と置き換わる『opalised』と、骨化石の表面が圧力などで変性したもの(アラゴナイトがキチン質の層と何重にも交互に重なっている)できた『アンモライト』です。
まずは本命、骨をオパールに変える方法から。1996年でオーストラリアでオパール化した恐竜の化石が発掘されています。期待感が高まります。死語オパールになるには遺体を埋める場所が重要です。火成岩または堆積岩の土地で、常に熱水に満たされている場所。超高温の温泉のイメージですが、更に、圧力も高めが望ましいので岩の割れ目という条件が揃うと良いですね。もう一つ大事なことは、蝶元気な活火山なのに、長い時間地割れが起こらないこと。地球のスケールで考えると、日本列島は常に移動していて、しょっちゅう地震が発生しています。1センチ各のオパールの結晶が出来るのにお50万年もの時間が必要と言われています。前歯1本を完全なオパールの結晶にするためには100万年程度の時間はかかってしまいそうですね。完全な結晶化は諦めるとしても、50万年間安定な岩盤をキープ出来る場所というのは難しそう。実際、オパールの産出国として有名なのはオーストラリアで、全世界の生産量の98パーセントを占めています。もちろん、それ以外の場所でも産出はされていて、先日は新潟県産の水色のオパール原石を目にしました。お気づきかもしれませんが、とても小さな結晶で、宝飾品にはならないものでした。それでも、条件が合う土地が日本にもあったというのは嬉しいですね。
アンモライトはアンモナイト化石が長期間熱や圧力に晒され、貝殻の成分であるカルシウムとキチン質が薄い膜のように集まり、何重にも積み重なることで光を屈折させ美しい表面を形作っています。人骨と巻き貝では、特に表面を覆う成分が異なるため、簡単にはあの虹色を手に入れることはできないでしょう。ただし、カルシウム分は自前で供給できるので、不足しているキチン質を補ってあげればワンチャンあると見込めます。生前に大けがの手術などをして、キチン質で作られたガーゼや手術糸が体内に残っていれば、少なくともその部分だけでも光が宿るかもしれません。ただし、キチン質が手術糸などの材料にと考えられたのは、体内で分解されるから。サプリメントを飲んでも数日で排出されてしまうし、自前の材料に拘るのは限界がありそうです。
いっそ、太いキチン質の糸で織り上げた布でぐるぐる巻きの状態になって、地中深くに切れ込んだ熱水が溢れる火山の割れ目に差し込んでおいてもらう…というのが現実的な線でしょう。80万年も経てば表面に虹を湛えた美しい化石として、どこかの博物館に陳列されているかもしれません。その時まで人類の繁栄が続いていれば…。
究極の成り上がり
さてさて、とりあえず何とかなりそうというのが分かったところで、オパールが人々を魅了する理由について考えてみたいと思います。以前は真珠のような乳白色に淡い虹色の輝きを閉じ込めたホワイトオパールが有名でした。蛋白石も、卵の白身のような石という意味です。近年は、よりレアな、よりインパクトのあるオパールが宝飾品として注目されています。中でも、燃えさかる炎を閉じ込めたような鮮やかなオレンジ色のファイヤー・オパールや、夜の闇を掌に切り取ってきたかのようなブラック・オパールは有名です。他にも水色の乳白色や緑がかったものなど、カラーバリエーションが豊富です。
しかし、何より神秘的なのは、『本当は鉱物では無い』という事実ではないでしょうか。宝石と呼ばれる美しいモノの中には、鉱物ではないものが3種類あります。パール(真珠)、コーラル(珊瑚)、アンバー(琥珀)です。どれも生き物から生まれる美しいモノです。これらとも異なり、独特な構造を持った石という括りになります。
オパールは科学の定義に従うと鉱物ではありません。鉱物(こうぶつ、mineral、ミネラル)とは、一般的には、地質学的作用により形成される、天然に産する一定の化学組成を有した無機質結晶質物質のことを指す。という定義があるのですが、オパールは『非晶質』と言われ、結晶構造を持っていません。本来であれば鉱物ではないのですが、『国際鉱物学連合』という団体で正式に鉱物として認められました。厳格な結晶構造を持つ鉱物だけが清く正しいとは言いませんが、特定の結晶構造を持たず、その内部に多量の水を抱えている謎多き魅惑の宝石オパールが、そのままの姿で鉱石として認められたことはカッコイイな、と思ってしまいます。
ところで…
自分の魂が体を離れた後、その亡骸をも美しく保っておきたい。どこかのファラオの望みのようですが、オパールになる意外にもいくつか方法があります。
遺体の中の水分をプラスティックなどの樹脂で置き換えることで、永遠にフレッシュな状態を保つ『プラスティネーション』。この現在は透明な樹脂を用い、主に医学教育目的の標本として用いられています。水分と置き換える樹脂に蛍光剤などを混ぜておけば、ブラックライトで妖しく光るアバンギャルドなご遺体になれること間違いなし。
細胞を構成する蛋白質に作用する薬剤をフル活用して、透明な標本を作る技術も進化しています。数年前からテレビなどでも取り上げられている『透明標本』は、主に軟骨と硬骨をキレイに見せてくれる標本の方法で、蛋白質部分は透明化処理が施されます。このため、髪の毛や目鼻立ち、魅惑的な表情といいた部分は面は残せませんが、まさに水晶のような透明な肉体を手に入れることが可能です。
先ほど、アンモライトの原稿を書きながら考えていたのは、『人工パールになる方法もありなのではないか?』ということでした。由緒正しい養殖パールであれば、真珠の核として真珠貝の中に移植してもらう必要があります。養殖真珠の核にはイシガイの貝殻を加工したものなどが用いられますが、真珠の質さえ無視すれば、他のものでも大丈夫。ただし、核となる異物を埋め込んだ後も貝には長生きしてもらうことが必要なので、あまり無理はできません。人間一人分の骨を丸ごと真珠にできるような貝は、残念ながら発見されていません。これは悔しい。プラスティックに真珠のように光る塗料を吹き付ける方法であれば、核のサイズにかかわらず、上質の光沢を手に入れることはできそうです。模造真珠とよばれる、一度も海に漬かること無く作られる真珠です。偽物丸出しですが、その代わりに完璧なパールの光沢を手に入れることが可能です。クリスタル・スカルならぬ、模造パール・スカル。関係者の全てが死に絶えた後『古代、真珠でできた異星人が来ていた』などと噂にならないよう、情報管理の徹底が求められますね。
生身の遺体を宝石にして保存したい。分かるような、分からないような願いですが、『自分とは、果たしていつまで、どこまでが自分なのか?亡くなった後の自分の遺体に関する権利は誰が持っているのか?』考えるほどに境界線がわからなくなってきました。
ちなみに、本気でオパール化したい場合は、活火山を1個購入することをお勧めします。現代日本の法律でも故人の遺体を土葬することは法律的には可能です。ただし、行政からの許可を得るためには、それなりの広さの土地の所有者であることが大前提となります。法律と、地形図とマグマの分布図と活断層が掲載された地図をよく読んで、差し込んでもらう割れ目を探し、その山を買いましょう。キチン質の布地の入手が難しい場合は、蟹の殻でも代用できます。遺体の周りにはみっちりと蟹の殻を詰め込んでくれるよう、生前は念入りに依頼しておきましょう。きっと暫くの間は蒸し蟹の香りに包まれる、香しいひとときになることでしょう。次に人目に触れるのは80万年後。それまで日本が今のままだと、いいですね。